催眠の原理

催眠の原理

テレビなどで初めて催眠術を目にすると、まるで魔法のように感じますね。
あるいは、あまりに非現実的すぎてヤラセと思ってしまうかもしれません(実は催眠術師にとって、その技が鮮やかであればあるほどヤラセっぽく見えるのが悩みの種だったりします)。

しかし、催眠音声を聞いてみると分かるように、催眠術の素人である声優さんが読み上げたものを聞いただけでも催眠に掛かってしまいます。
別に不思議な力を持っているわけでもない声優さんの声でも催眠に掛かってしまうのは何故でしょうか?
これは、催眠術というのが不思議な魔法ではないからです。

催眠術というのは人間の心に対して働きかける技術であり、人間の心と身体の仕組みを利用してなんらかの反応を引き出す手続きに過ぎません。
その技術であり手続きのうちの一部を音声という形で再現したのが催眠音声ということになりますが、読み上げる原稿(スクリプト)を書くには催眠の知識が必要になります。
見よう見まねでもなんとかなりますが基本は大切なので、まずは理論から説明します。

催眠とはどんな現象でしょうか?

人間の心は顕在意識潜在意識で構成されています。
一般的に意識と呼ばれるのは顕在意識のことであり、思考や判断などを担当しています。
普段、人間が起きているときには顕在意識が優勢な状態にありまして、おかげで色々と考えたり判断したりできるわけです。
潜在意識とは無意識とも言いますが、感覚や生命活動や記憶などを担当しています。
例えば、意識していなくても目や耳や鼻や皮膚は感覚を受け続けていますし、呼吸や心臓の動きは意識するまでも無く繰り返され、意識に現れていない記憶は頭のどこかに隠されています。
一説では顕在意識は心のうちの10%に過ぎず、残りの90%は潜在意識であるとも言われています。

潜在意識は理性的な判断力を持っておらず、与えられたメッセージ(暗示)を何でも素直に受け入れてしまいます。
しかし、普段は全てのメッセージを顕在意識が受け取り、内容を判断します。
その上で、顕在意識が正しいと判断したメッセージしか潜在意識には伝えませんので、顕在意識と潜在意識が矛盾することはありません。

もし、顕在意識に邪魔をされずに潜在意識に対してメッセージを送ることができれば、意識とは反した反応を潜在意識が担当する範囲に及ぼすことができるのです。
これが催眠という現象であり、メッセージを送る技術のことを催眠術と呼んでいます。

顕在意識に邪魔をされないためには、大きく分けると二種類のアプローチ方法があります。
一つは潜在意識を活発にして顕在意識に弱まってもらうことで、もう一つは一時的に顕在意識によそ見をしてもらうことです。
催眠術では、この二つのアプローチ方法を組み合わせて使いますが、トランス状態に誘導するのは前者が目的であり、凝視法や驚愕法や混乱法などの技法を使うのは後者が目的になります。

トランス状態とは催眠状態や変性意識状態とも呼ばれますが、潜在意識が活発になって顕在意識が弱まった状態のことです。
判断をするはずの顕在意識が弱まっていますから、メッセージは潜在意識が無批判で受け入れやすくなります。
つまり、トランス状態では暗示を受け入れやすいわけです。

トランス状態には深さがあり、その深さの段階に応じて受け入れやすい暗示が変わります。
軽いトランス状態では、身体の動きに関する暗示ぐらいしか受け入れません。
例えば、身体が動かないあるいは勝手に動くなどの暗示で、運動支配と呼びます。
トランスが深くなると、感覚や感情に関する暗示を受け入れるようになります。
例えば、身体の感覚(味覚や触覚)が変わったり人や物が好きや嫌いになったりする暗示で、感覚支配感情支配と呼びます。
さらにトランスが深くなると、記憶や幻覚に関する暗示を受け入れるようになります。
例えば、自分の名前を忘れてしまったり存在しないものが見えたりする暗示で、記憶支配幻覚支配と呼びます。

ただし、トランス状態への入りやすさと深くなりやすさは個人差があり、この個人差を被暗示性と呼びます。
被暗示性によって、トランス状態に入りやすかったり入りにくかったり、入りやすくても入れる深さには限度があったりします。
例えば、ある人はなかなかトランス状態に入れなかったり(=催眠に掛かりにくい)、トランス状態には入れるけど軽いトランスにしか入れなかったり(=催眠には掛かるが運動支配までしか暗示が入らない)するわけです。

さて、整理しますと、催眠音声のスクリプトを書くために学ぶべきことは、これだけです。

 ・どうやってトランス状態に入れるか(=誘導のやり方)
 ・どうやってトランスを深くするか(=深化のやり方)
 ・どうやって顕在意識によそ見をさせるか(=暗示の入れ方)
 ・どうやってトランス状態から抜けるか(=覚醒のやり方)

それぞれに関して、代表的な例を挙げつつ説明していきます。
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